2014年05月29日

大久保嘉人 少年時代

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■キツイ練習でも楽しかった思い出しか残っていない ――

大久保選手がサッカーを始めたのは?

「小学1年生のある日、親と買い物に行った時のことでした。
車で通った道のそばの広場でサッカーをやっている光景を目にしたのですが、
当時はまだサッカーのことを知らず、
父親に『あれは何をやっているの?』と聞いたところ、
『サッカー』だと教えられて。それで一度やってみたいと言ったんです。
ただ、実際に練習に行ってみたところ、まったくボールを蹴ることができず、
1日でやめてしまって(笑)。
小学2年の頃は一輪車にハマり、毎日、一輪車に乗っていました。
そして、小学3年生になって再びサッカー少年団に入ることになったのですが、
最初は特に入るつもりはありませんでした。
ただ、周りの友だちがみんなサッカー少年団に入るということで、
その流れにのって……というような感じで、
僕もサッカーをまた始めることになったんです」


――その頃は、サッカーが楽しいと感じられましたか?

「1年生で初めて練習に参加した時よりも、ボールがよく飛んでいきましたね。
それが本当に嬉しかったことを覚えています。
そして、それ以降は、どんどんサッカーにのめり込み、練習にも休まずに行くようになりました」


――当時はどんな練習をしていましたか?
「自宅にいる時は、家の壁に向かってずっとボールを蹴り続けたり、
鉄の大きな柵になっているごみ箱の穴にボールをコントロールしていれたりして練習していましたね。
少年団の練習はきつかったですよ。
走りやミニゲーム、シュート練習などが主なメニューでした。
すごくきつい練習ではあったけれど、楽しかったです。
また、周りの誰にも負けたくないという気持ちは、
その頃から、少しずつ強くなっていったように思います。
それ以前は、『別に負けてもいいや』と勝負に対するこだわりはあまりなかったタイプだったのに、
負けたくないという気持ちがどんどん強くなっていきました。
当時はFWとしてプレーしていたのですが、
とにかく『点を取りたい』という気持ちがすごく大きかったですね。


■まさか自分がプロサッカー選手になるとは思っていなかった ――

FWのポジションは指導者に決められたんですか?
「いや、定かなところではないのですが(笑)、
実は一番最初はGKでプレーしていたんですよ。
『やりたいところをやれ』と言われて、GKを選択したんです。
でも、実際にやってみたところ、ボールがまったく来ず、面白くなかったので、
前めのポジションに移動しました。
小学5年生の頃はすでにFWでしたが、強いチームと試合をする時には、
相手チームにうまい選手がいるので、いつも自分がマンツーマンでマークにつくなど、
試合によってはたまにディフェンスをやることもありました。
今振り返ると、自分でもよくやったなと思いますよ(笑)」


――その頃、すでにプロ選手になるという夢を持っていましたか?

「当時はまだ考えていなかったように思います。
僕の地元は田舎でしたし、まさか自分がなれるとも考えていませんでした。
もちろん、小学5年生の時にJリーグが開幕していたので、
プロリーグの存在は知っていましたし、よく試合も見ていましたけれど。
試合の翌日は、ラモスさんのループを真似していましたね。
ただ、テレビなどで試合を見ても、
自分が将来そこに立つというイメージはまったく持っていなかった。
そう考え始めるようになったのは、高校になってからだったと思います」


――プロ選手のプレーをビデオで見たりすることは?

「親が8選手ぐらいのゴールシーンを集めたビデオを買ってくれましたが、
ボビー・チャールトンなど、昔の選手ばかりで、実はあまり覚えていないんですよ。
なかなか渋い人選でしたね(笑)」


 ■父よりも母が厳しかった小学生時代


――ご両親はスポーツをされていたんですか?

「サッカーではありませんが、父も母もバレーボールをしていました。
母は実業団でもプレーしていたようです。
親によく言われていたのは、『負けるな』ということですね。
試合で負けたり、点が取れなかったりすると、ご飯を食べさせてくれないということもありましたよ。
うちは父よりも母の方が厳しかった」


――大久保選手がサッカーを続けることに関してはどのようにサポートしてくれましたか?

「僕は小学校卒業後、地元を離れ、長崎の国見中学校に進学したのですが、それも親の薦めだったんです。
僕は最後まで『行きたくない』と抵抗していたのですが、
最終的には『プロになれるかもしれないんだから、それにかけろ!』という言葉に納得し、決断しました。
実際に、国見中学校は全国でも結果を残すような強いチームだったんですよ。
ただ、親からはそのような言葉をかけられてはいましたが、
実際はまだプロなんて具体的なものではなかったですし、
とにかく中学でも試合に出たいという気持ちだけでした。
プロなんて、まだまだ、あまりにも先のことでしたから」


――周りの選手のレベルも高かったのですか?

「同じ学年の選手だけでも、長崎以外の遠方から8,9人ほどきていたんですが、
みんな高いテクニックを持っていて、うまいヤツばかりでした。
僕も小学校時代にナショナルトレセンに入っていましたし、
地域選抜としてプレーした経験もあったので自信は持っていたつもりですが、
チームメイトのプレーを見た瞬間は、『これは(自分は)駄目だな』とショックを受けました。
ただ、それでも、もうやるしかなかった。
練習はきつかったけれど、楽しくて、辞めたいと思ったことは一度もありませんでしたね」

■最初はホームシックにもかかった中学生時代

――親元を離れて、自分でやるべきことも多くなったと思います。
「最初の1、2カ月は、洗濯や掃除など、いろいろと自分でやらなければならなかったので、
面倒でしたが、それも時間が過ぎると、徐々に慣れていきました。
ホームシックも最初だけ。ただ、(ホームシックにかかっていた)その頃は、
『帰りたい』と言っていましたし、実家によく電話をかけていました。
特別何かを話すというわけではないのですが、寂しいから電話をかけて、声を聞いてホッとするという感じで」


――大久保家の教育方針があれば教えてください。

「挨拶、礼儀、ご飯の食べ方などに関しては厳しかったですよ。
しかも、小学生の頃は僕は悪ガキだったので、とくに(笑)。
窓ガラスを割ったり、何かをして怒られた時に、自宅にある金魚鉢を割り、
母親に暴言を吐いて逃げたこともありました。
本当にやんちゃな子どもでした。
ただ、勉強に関しては、ほぼ何も言われなかったですね。
中学校や高校の時は、赤点を取ると練習をさせてもらなかったので、
テスト前だけは必至に勉強していた記憶があります。
でも、中学1年、そして高校1年の時は、テストの点が悪くて、
あまりサッカーをしていない記憶が(笑)。
中学1年の時はほぼ副審しかしていなかったですよ(笑)」


――その頃には自分の武器はこれだ!と理解していましたか? 
また、それを伸ばすためにどんな練習をしていましたか?

「中学校の頃は、グラウンドにコーンを置いて、チームの練習をする前に、
ひたすらドリブルの練習をしていました。
本当に周りはうまい選手ばかりだったので、その誰にも負けたくないという気持ちが強かったからこそ。
当時は朝5時から練習していたのですが、それぐらいやらないといけないという気持ちが強かったです」

大久保 嘉人//おおくぼ・よしと
1982年6月9日生。福岡県出身。川崎フロンターレ所属。 長崎県の国見高校では3年生の2000年度、インターハイ・国体・全国高校サッカー選手権で3冠を達成。2001年、セレッソ大阪が多くのJクラブの中から獲得し、Jリーグ第2節の浦和レッズ戦で途中出場ながらデビューを果たす。2004年7月にU-23日本代表としてアテネオリンピックに出場し2得点を記録。この活躍が認められ同年11月にはスペインのRCDマジョルカへ期限付き移籍となった。以降はセレッソ大阪、ヴィッセル神戸、VfLヴォルフスブルグ、ヴィッセル神戸へと移籍し、2010年6月にはFIFAワールドカップ南アフリカ大会に出場。2013年に川崎フロンターレへ完全移籍。
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子どもの脳

未完成なヒトの脳

ヒトが誕生して200万年も脳を使ってきたので、
私たちのあらゆる活動に、脳が深く関わっています。

脳を生きたまま調べられる方法が見つかったのはごく最近で、
その成果が次々と明らかになってきています。

子育てについても
「未成熟な状態で生まれてきた、ヒトの脳を発達させる働きかけ」
という視点に立つことができます。

近ごろ、
この観点から現代の子育てを見直す必要があるように感じています。

もし、生物が完成した状態で誕生すれば、
すぐに活動を開始できて生き残る確率は高くなります。

けれども環境がそれまでと大きく変化していると、
新しい状況に適応できずに絶滅するおそれがあります。

おそらく人類は環境への順応性を進化上最大の武器として、
未成熟な状態での誕生というリスクをとったのでしょう。

赤ちゃんは環境に働きかけて、
その結果を確かめて行動を再調整することで周囲に適応していきます。

だとすれば現代のように、
あらかじめ快適な人工的環境が用意されていて、
その中でだけ暮らしていると適応の範囲が狭まってしまうのではないでしょうか。

実際のところ現代の脳科学では、
使われない神経ネットワークは活性化されなくなることが知られています。

たとえば猫を使った視覚の研究で、
子猫の時に特定の視覚刺激のみ与えられて、
それ以外は暗闇で育てられた猫は子猫の時に与えられた視覚刺激にしか反応しないということです。

脳のネットワークをできるだけたくさん張り巡らせて有効化するためには、
多様な体験をすることが重要です。

暑さ寒さもそうですし、味覚や嗅覚もそうです。

まずは五感全てにできるだけ多くの刺激に触れることが、
感受性を豊かにするというのは、科学的にも理にかなっているわけです。
物だけでなく人に対しても同じでしょう。

できるだけたくさんの人に接すること。
それも幅広い年齢層の人と。
その後の対人関係を築く基礎となるような気がします。

子どもにとって遊びがなぜ重要なのかということも、
環境について学ぶのに必要だからと考えればすんなり納得がいきます。

大人から見ていたずらに見えることが、
子どもには学習として重要なのです。

このことは教育の専門家も言っています。

大人がつい当たり前のこと、当たり前のものとして見過ごしてしまうことが、
彼ら子どもにとっては珍しいものであり、毎日が発見の連続なのです。

だから「これは後でね」ということは、
二度とない機会を彼らから奪ってしまうことにもつながりかねません。

子どもの発達を邪魔しない大人にならなくてはいけないのです。
脳研究と子育て 脳研究の最先端でも、まだ子どもの脳については、
詳しいことは解っていません。

研究の入り口についたばかりと言っても良いでしょう。

それでも、わかってきたのは、
私たち大人が想像する以上に子どもたちは「理解している」ということです。

環境について、人について、自分からは表現できないけれども、
彼らはかなりのことを知っています。

赤ちゃんとママ

赤ちゃんの脳はめまぐるしく働いている
1〜2歳の子どもの目をじっと観察したことがありますか?

彼らの目は休むことなく動き続けています。
あたかも環境を全て理解しようとしているかのようです。

時々、その目の輝きが増して、
また一段ステップを上がったように思える瞬間があります。

大人が考える学習と幼い子どもがしている学習は、質的に違うということです。

だから大きな子どもに教えるように、幼い子どもに学ばせてはいけないのだと思います。

小さい子にはより適した学習方法があるのです。

抽象的なもの、紙の上のものよりも、実物で五感に働きかけるものが、
子どもには理解しやすいということです。

それは、彼らが脳の中の世界地図を作っている途中であることを考えれば、
納得がいくものではないでしょうか。


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posted by ひろ at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

幼児教育

三つ子の魂百まで。就学前の育児・教育が重要 子供 就学前の過ごし方がその後の教育にとって重要

幼少期のお子さんがいらっしゃる保護者さまの関心ごとは、
「どういった幼児教育を何歳から始めさせたらいいのか」ということではないでしょうか。

格差が広がるばかりの社会で子供の将来を考えると、
より良い環境で、質の高い教育の機会を与えてあげたいと思うのは、親の自然な気持ち。

では、どうすれば「将来に役立つ能力」を育てることができるのでしょうか。

ノーベル経済学賞のヘックマン教授は、
「3、4歳の時期に適切な教育を受けなかった子どもは、教育投資の効果が小さくなり、
学習意欲を高めることは難しく、効果は限定的なものになる」と、
科学雑誌『Science』で発表しました。

「三つ子の魂百まで」という言葉があるように、
就学前の育児・教育が重要なポイントだと言えます。

就職内定率の低下や失業率の悪化など、
子どもを取り巻く将来の不安が広がっており、
これからの人材には、単なる学力ではなく、
異なる価値観や文化をもつ人とのコミュニケーション力や、
チームで活動する人間力、
そして将来像を描いていま何をするかを考えて行動する力が求められています。 


「文字の読み書き」よりも「コミュニケーション力」や「考える力」を

最近は、幼児教育が一般的になっており、
多くのご家庭で幼児期に「文字の読み書き」に取り組まれているようです。

しかし、
幼児期における早期教育で代表的な「文字の読み書き」については否定的な研究者が多く、
お茶の水女子大学の内田伸子教授(発達心理学)によれば、
「3歳での『読み書き』能力は、親の所得や教育投資額が多いほど高かったものの、
小学校入学前には『読み書き』能力の差は消滅した」とのことです。

幼児期に文字の読み書きができれば親の満足度は高まるでしょうが、
小学校1年生から読み書きを習い始めたとしても、
誰もが普通に読み書きができるようになることを考えると、
「文字の読み書き」の幼児教育の効果は限定的ですし、
コミュニケーション力や「考える力」を育てることはできません。

せっかく、幼児教育に取り組むのであれば、
教育の効果をその時点で判断するのではなく、将来における効果によって判断すべきです。

語彙力と考える力は家庭で育める
小学校低学年までは学校の授業についていけても、
高学年から学習が遅れる児童が多いのですが、
その原因は二つ挙げられます。

一つ目は、語彙力の不足。
語彙力が不足していると、授業で聞く言葉の意味をイメージできないため、
授業の内容を理解できなくなるのです。

二つ目は、考える力の不足。
小学校高学年になると、文章題など考える問題が増えてきます。
考える力や経験が不足していると、難問を目の当たりにすると、
解こうという気持ちが萎えてしまうのです。

コミュニケーションの土台となる語彙力や考える力は、
親子の会話のやりとりを通じて、子ども自身が考えて判断する経験を通して豊かになります。

所得や教育投資額に関係なく、
お子さんとの楽しい経験の共有を大切にする家庭では語彙力が高くなる傾向があります。

また、お子さんが考える時間を大切にしている家庭では考える力が育まれます。

好奇心はすべての学びの基礎 子どもにとって、
知ることによって世界が広がるということは、非常に楽しい経験です。

その楽しさを発展させることも教育なのです。

本来、子どもは好奇心旺盛ですが、
周りの大人が邪魔をすることで子どもが臆病になり、積極的に動くことをやめてしまいます。

しかし、
好奇心はすべての学びの基礎。

基礎だから見えないし、形にはなりません。

けれども、その好奇心は中学1年くらいまでにしか育ちません。

好奇心は毎日の生活の中で養われるものであり、
小さい頃から家庭の中で育まれるものなのです。

難関中学に合格しご家庭では、
「昆虫への関心が強かったので、自然教室に参加させた」
「電車や恐竜に興味があったので、博物館や発掘現場に連れていった」など、
知的好奇心を刺激する取り組みをされておられました。

一見、「遊び」と思うようになることでも、子どもに刺激を与えるのです。

このように、親の関わり方によって子どもを伸ばすことができます。

習い事やスポーツも有効

しかし、
家庭だけで教育をするのは不安と思われるのであれば、幼児教室や習い事を利用しましょう。

文部科学省の「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査」によると、
約7割の小学生が習い事をしています。

幼少期に習い事やスポーツなどに取り組むことは、人間形成上大切ですし、
知的好奇心の刺激も期待できます。

一方で、幼児教室については注意が必要です。

幼児教室の中には、専門知識を持たない先生や、
自分の子どもが有名学校に合格したというだけで、幼児教室を開校する人さえいます。

幼児教育の場合には、テストなどでの学習効果の測定が困難なため、
信頼できる幼児教室を選ぶことが大切です。

前述しましたように、
幼児教育の効果は、幼児の時点の習得能力ではなく、
将来(小学生以降)にどれだけ好影響があるかによって判断すべきです。

将来に活躍できる総合力を育てるための幼少期のポイントは、
自然体験などの遊びを通じて知的好奇心を刺激し(「よく遊び」)、
勉強する習慣づけをする(「よく学ぶ」)ことです。


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posted by ひろ at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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